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起立性調節障害を通して、親子関係を見直した話③環境

 私は子どもの頃、「学校に馴染めない自分」に劣等感を持っていました。

「学校が苦手」と思うことさえなくて、「自分がダメなんだ」と思ってた。 

educational-buffet.hatenablog.com

そんな私が「学校は選択肢の一つ」という認識を持つのは簡単なことではありませんでした。子ども達の不調をきっかけに、試行錯誤して悩んで、悩みの根本を見つめた末に出した結論です。

そのきっかけになった出来事について、前回記事の続きです。

 

 

診断は早めに!体調不良なら「起立性調節障害」を疑ってみよう。

 

総合病院で検査を受けたおかげで、長女は1週間程度で起立性調節障害の診断がつきました。

 

早めに診断がついたことは良かったと思います。

状況がわからないまま、動けなくなった長女に「頑張り」を求めていた私のこと。

怠けと思いこんで親子関係に亀裂を生じさせて、長女を孤立させてしまったかもしれません。

 

良かれと思ってやっていることがお互いを追い詰めて、本当に親子ともに深く傷ついてしまうんですよね。

あらかじめ起立性調節障害という病気が広く知られていたら良いなと思います。

 

 

診断がついたら環境を整えよう!

 

いろいろ頑張りましたけど、これをやれば良くなる!みたいなものはありませんね。

環境を整えて、あとは見守るだけ。

 

体という自然が相手なので、コントロールできると思うと辛くなっちゃいます。

コントロールできるとしたら「疲れる前に休む」を子どもに身につけてもらうことかな。

 

社会的な環境

学校・友だち・習い事など理解を得て協力関係を作るなど

 

体の周りの環境

朝日を浴びる・急に起き上がらない・寝ていても少しでも頭を上になど

 

体の中の環境

塩分、水分を多めになど

 

この3つの環境を整えて、あとは待つのみ。

 

 

母、一人でジタバタする。

 

↑「あとは待つのみ。」なんて悟るまでに本当に時間がかかりました。

白髪が一気に増えたよ・・・。脳の細胞がダメージを受けている感覚もありましたよ。

(環境について書きたいことは無限にあるのですが、今は「親子関係」についてしぼっていきたいと思います。)

 

さて、

病気がわかってからは、本やネットの情報から対応ノウハウを必死で集めました。

 

マニュアル通り、「無理やり登校を促す」という事はしない。

学校の先生やスクールカウンセラーの先生にも協力をお願いし、見守る体制を整えました。

プレッシャーをかけることはせず、本人の意思を尊重する、という事も意識しました。

 

でもそれは結局のところ、「病気だからマニュアルにある対応をする」というだけの事だったと思います。

長女を信頼していない自分や、長女が信頼すべき相手だということには、その時は気づかないままでした。

 

 

「少しでも学校に行ってほしい」

「このまま、同世代の子から取り残されてしまうのでは」

「社会に出ていくことができなくなるのでは」

「勉強が追い付かなくて、そのまま勉強嫌いになるのでは」

 

そういった不安で頭がグルグルしていました。

「みんなと同じじゃないと心配病」ですね。

 

 

そして何より私を悩ませたこと。

「自分のせいでこんなことになってしまったのではないか」

という考えが頭を巡ること。

 

保護者の集まりで大変な時期と重なっていたので、そういうストレスも影響したのかなと申し訳なく思いました。

 

実際、遠回しにも「余計なことに手を出すから、子どもにしわ寄せが行くんだよ」って言われたりもしました。

今はそうは思わないんですが、その時は「そうかもしれない」と真剣に悩みました。

 

 

長々と私の葛藤を書き連ねてしまいました。

実は、こうした「親が感じるプレッシャー」と「子どもを信頼の対象としない事」は無関係じゃないように思うんです。

 

 

「子の全てを管理し、責任を負い、全体に合わせ、疑問を持たない事!」
そして弱音を吐かず死ぬまで頑張れ!

  

・・・なんてプレッシャー感じません?

私だけでしょうか?

 

自分の頭の中に「ダメ出し君」がいるんです。

周りとはみ出そうになると「ダメ!!!」

子どもが迷惑になりそうだと「ダメ!!!」

理不尽だろ!と思うと「それを飲み込むのが大人の作法だ!!!」

大変なんだよ!と思うと「自分の責任だ!!!」

と、自分の頭の中であらゆる事にストップがかかる。身動きできない。

 

ダメ出し君はこうも言うんです。

「子どもにダメなことをさせるな!ちゃんと管理しろ!お前の責任だ!」

 

 

この「ダメ出し君」いつから住み着いたんだろう?と考えると、私が子ども時代の「学校」なんですよね。

 

あの箱の中で、私たちは信頼されず、管理され、連帯責任の中で相互監視をさせられ、信頼ではなく依存の関係を強化していった。

 

 

あの学校生活の中で、頭の中に「ダメ出し君」が育ってしまった。

私はそう感じています。

(学校という箱を作ったのは社会で、支持していたのは親なので、学校は原因ではなく結果なんですけどね。)

そしていまだにその時の相互監視の意識から抜け出せずにいるんです。

 

それをそのまま親子関係に当てはめてしまっている。

管理と監視、依存の関係を。

 

そりゃ苦しくもなりますよね。

 

つづきます。

起立性調節障害を通して、親子関係を見直した話④悩み」